修正:2010/03/06



「女の子は忍者になれないのですか?わたしはくの一じゃなくて忍者になりたいんです」

 だってそっちの方がかっこいいでしょう?

 口から出たのは真っ直ぐで通りのいい声に相応しい、素直な気持ち。
 老人の目が隠れていであろう眉影を、くりくりとしたガラス玉みたいに丸く光る瞳がじいっと見つめる。

「駄目でしょうか?」

 少女にとって、人がやっているかやっていないかなんて考えることではなかった。
 重要なのはやりたいかやりたくないか。

「ふむ、女の子が忍者になっちゃいかんなんて理由はないのぅ」

 そして、目の前の老人は、出来るか出来ないかで考える人ではなかった。
 重要なのは面白いか面白くないか。
 あとはガッツだ。

「よし、やってみなさい」

 その学園で一番の権力者がニッカリわらって入学を許可してから、三年と九日。

 その奇特な少女は、この春晴れて忍術学園の四年生となった。






一、箪笥で殴りたい







「ねえねえ、四年生の君って知ってる?」

 斉藤タカ丸が四年生に転入して四日目。
 一年は組の乱太郎、きり丸、しんべヱのいつもの三人組に食堂でばったり出会ったタカ丸は、三人と一緒に食事を頂きつつそんなことを聞いてきた。

先輩?四年生にそんな人いたっけ?」
「聞いたことあるようなないような……」
「四年というと滝夜叉丸や田村先輩のインパクトがデカイからなぁ」

 しんべヱが目の間隔を離し、乱太郎が首を傾げ、きり丸が腕組をして自らの言葉に頷いた。
 三人の頭の上には色んな意味で目立つ二人ばかりが浮かんで、くだんのの姿はさっぱり浮かんでこない。全校行事などで一度ぐらいは顔を合わせてはいそうなのに、モブに紛れきっていたのかトンと思い出せなかった。

「僕と同じ四年は組の子らしいんだけど、まだ一度も会ったことないんだよね」
「え?でもクラスが一緒なら授業とかあるでしょう?会わないってどういうことですか?」
「うん、何でも学園長先生のお使いで暫く遠くに行っているんだって。だからどんな子なのかなーっと思って」

 ほら、四年は組のキャラって僕以外まだ設定されてないから気になって気になって。
 タカ丸さん、そういう原作の都合は口にしちゃいけません。

「オレらに聞くより、同じ四年生に聞いたらどうっすか?」

 定食のシャケをつつきながら、もっともなことをきり丸が言えば、タカ丸は困ったように笑って、実はもう聞いたんだけどねと言った。

「だけど、滝夜叉丸君は何故か自分のことを語りだすし、喜八郎君の説明はよく分からないし、三木衛門君は滝夜叉丸君に聞けというし」

 四年生からは情報を得られそうになかったので、たまたま出合った乱太郎たち三人に聞いてみたとのことだった。
 説明を求めた滝夜叉丸はまだ外で喋っているらしい。

「うーん、でもボク達は知らないねぇ」
「そうかー。うん、まあ知らなかったらそれでいいんだけどね。ちょっと気になっただけだし」

 どんな髪してるのかなーって。
 そこですか!

「早く会ってみたいなー君に」
「私に何か用ですか?」
「用があるわけじゃないんだけどねー……って、えっ?」

 背後から返ってきた声にタカ丸が驚いて振り返れば、そこには手に豆腐定食の乗った盆を持った細身の少年が立っていた。
 浅木色の私服に身を包んでいるということは、きっと外から帰ってきたばかりなのだろう。
 やや猫っぽい大きな瞳がタカ丸を見下ろしている。

「君が君?」
「はい、そうなります。貴方は斉藤タカ丸さんですね。学園長からお話は伺っております」

 といったん区切り、一瞬間を空けてから、

「隣、よろしいですか?」
「あ、はい、どうぞどうぞ」
 
 タカ丸が少し横にずれれば、は失礼します。と礼儀正しく断って座った。

「改めまして、私はと申します」

 タカ丸だけでなく、乱太郎たちにも目を向けて名を名乗る。
 タカ丸は一瞬だけ目を見張ったが、すぐに破顔した。

「僕は斉藤タカ丸だよ。同じは組同士、仲良くしてね」
「はい、こちらこそどうぞ良しなに。明日からは通常通り授業に出ますので何か分からないことがあれば遠慮なく仰ってください」

 丁寧な物腰、ソツのない立ち振る舞い、品よく笑う姿から育ちの良さが見て取れる。
 髪もそんなにボリュームはないがちゃんと手入れしてありとても綺麗で、まるで何処かの良い所の若君のようだ。

「三人とも、口をあけるだけではご飯は食べられませんよ?」

 あたかも鯉のぼりのようにぽかんと口を開けてを見る乱太郎達の姿を、は不思議そうに見つめかえした。

「あのー、先輩は本当に四年生なのですか?」
「正真正銘四年生ですが……見えませんか?」

 乱太郎がおずおずと切り出せば、真面目な顔で肯定された。
 最後の方での声のトーンが下がった気がするがそれは何故だろう。
 不穏な気配を感じ、乱太郎達はブンブンと首を振った。

「いえ、見える見えないじゃなくて……」
「四年生にしてはものすごーくマトモだから」
「俺たち吃驚しちゃって」
「………………四年生全員が滝夜叉丸や田村みたいな自己主張の激しい人間達ばかりだと思ってたのですか?」

 物凄く思ってました。とは言えないので三人は笑って誤魔化した。
 
「君たちは一年は組の子達ですね」
「え、どうしてそれを?」
「滝夜叉丸が上級生相手でも遠慮しないのは一年は組しかいない、と言っていたのでそうではないかと。私に言わせれば、実技も教科も成績優秀なんて遠慮無しに言うのもお前ぐらいなもんだという感じですが。一度桐箪笥の角にでも頭をぶつけてみたらいいのに」

 そういう先輩も遠慮がないです。

 喉まででかかった言葉を乱太郎達はご飯とともに飲み込んだ。

「そういうお前もこの私への遠慮がないぞ」
「げっ、滝夜叉丸!」

 心に思った言葉を口に出されて乱太郎達はとても驚いたが、すぐに誰だか気づいて驚きを吹き飛ばして嫌な顔になった。

「先輩をつけろ先輩を!!!」

 食堂に入ってきたのは例の遠慮のない四年生代表、平滝夜叉丸その人であった。
 どうやらようやく誰も自分の話を聞いていないことに気づいてやってきたらしい。

「まったく、お前たちときたらこの成績優秀文武両道の私をなんだと思って――」
「滝夜叉丸、湯葉定食は残り一つだそうです。早くしないとなくなりますよ」
「む、それはいかん」

 慌てて食堂のカウンターに向かう滝夜叉丸を見て、一年生はおお、とどよめいた。

「あんなにあっさり黙らせるなんて」
「話しているときは殆どこっちの言葉なんて聞いてくれないのに」
「すごーい」

 何で今までこの四年生を知らなかったんだ。と乱太郎達は本気で知らなかったことを悔やんだ。
 こんなにもマトモで、グダグダな滝夜叉丸をあしらえる人物がいたとは。今度から滝夜叉丸に困ったらこの人を頼ろうそうしよう。
 三人にキラキラとした瞳で見つめられ、は苦笑した。

「付き合いが長いので対処法を知っているだけです。さあ、今のうちにお昼ご飯を食べきって外に逃げてしまいなさい」
「はーい」

 一年生は残り少なくなった定食をかきこみ、滝夜叉丸がおばちゃんから定食を貰うのと入れ替えに食器をさげて、の言うとおりさっさと食堂から逃げ出した。

「あ、お前たちまだ私の話は終わって――」
「はいはい、残りは私が聞いてさしあげますからさっさと席に着きなさい」
「む……そういうお前は何か話すことはないのか?学園長のお使いはどうだったのだ?怪我などしていないだろうな」
 
 おや、珍しい。とタカ丸は思った。
 滝夜叉丸とは四日だけの付き合いだが、彼が誰彼構わず自分のことを延々と喋る人間だとすでに知っていたので、彼が自分の話しを置いといて他人の話しを聞きたがるなんて意外だった。
 それに心配までして。

(仲いいのかなー?そういえば三木ヱ門君も滝夜叉丸君に君のこと聞けって言ってたし、君も滝夜叉丸君とは付き合いが長いっていってたから仲いいのかも)

 そんなことを思いながら、タカ丸は滝夜叉丸と一緒にの話に耳を傾けた。










「――それで、しょうがないので秘蔵のキビ団子を投げつけたんです」
「まさか真犯人がコケシだったとはな……」
「凄いねえ。何で河童はブレイクダンスで雨乞いしたんだろうねぇ」
「あそこで河童が踊らなければきっとお地蔵様達は納得してくださらなかったでしょう」

 一体なんの話をしているんだ……!

 途中から皿洗いの手伝いに入った二年の川西左近は、三人の会話に力の限り突っ込みたかったと後に語った。





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最後のはもちろん冗談です。