修正:2009/11/05



 学園長から頼まれていたお使いを終え、四年長屋に戻ってきたを待っていたのは、無残な姿となった庭であった。






三、それは回りではありませんか?






「おや、。帰ってきたのだね」
「ええ、先ほど戻ってきました。ところで綾部……これは、蛸壺ですか?それとも、隠し忘れた狼穽ですか?」

 忍たま長屋の庭中に足の踏み場もないぐらい大量に掘られた蛸壺たちを見て、は目を疑った。
 あまりに密集していてまるで狼穽(連続して掘られた落とし穴)のようである。
 少なくとも、お使いに出かける前には確かに無かった――いや、こんなに大量には無かったはずなのにこの一週間で一体何があったのか。
 新たに増やされかけている穴の中から首だけ出した首謀者に戸惑いながら声をかければ、首謀者綾部喜八郎は相変わらず読みづらい表情で「よかった」と呟いた。
 何が良かったのだろうか。

「ちなみにその子の名は?」
「蛸壺のターコちゃん百四十三号でーす」
「そうですか、少なくとも百四十三つも掘ったのですね……この一週間で……」

 頭が痛くなる。

「ううん。昨日と今日で」
「その体力と仕事の速さは驚嘆に値しますがいささか能力を無駄に使いすぎです」

 どうやれば二日で、百五十近い数の穴を掘れるのか。一個一個の深さがあまりないのかと思えばそうでもないし。しかも今日と昨日は普通に授業があったはず。
 その体力をほかの事に生かしたほうが世の中限りなく平和な気がする。主に保健委員と用具委員にとって。

「何でまたこんなことを?」
「だって、滝が……」
「滝夜叉丸が?」

 そういえば二人は同じい組の同じ部屋だということをは思い出した。
 一体何を言ったのだろうか。

はいつ帰ってくるのと聞いたらお前が穴を百ちょっと掘るぐらいには戻ってくると言ったから、私は一昨日まで落とし穴を掘っていたんだ。でも倍の二百掘ってもは帰ってこなくて」

 滝夜叉丸には五日ほどで戻ると伝えておいた。実際は二日遅れてしまったが。
 つまりは綾部は通常一晩で二十は掘るのかと、ははじめて知った。知らなくても良かったが。
 しかし、毎晩掘るなどどういう体力をしているのか。持久力の不足が否めないは少々羨ましく思った。

「滝も滝での帰りが遅いと言っていたから、これはもう、私が蛸壺を掘らなかったせいかなと思って」

 掘るべきは落とし穴ではなくて蛸壺の方だと結論付けたらしい。
 だから急いで蛸壺を掘ったのだという。
 長屋の庭に密集してしまったのは他の所に掘りに行く時間すらも惜しんだせいだった。

「気持ちは嬉しいのですが……この惨状を見ると素直に喜べませんね……」

 そういえば食堂で滝夜叉丸に変わりないかと聞いたときに不自然に目を逸らされたが、こういうことだったのか。自分が関わっているから何も言わなかったのだな。

「私、とても心配したのだよ」

 穴に肩まで入った綾部に、縁に手をかけて真っ直ぐに見上げられて、は苦笑した。
 その姿はまるで捨て猫のようで。

 はしゃがんで綾部の顔に付いた泥を拭いてやる。

「ただのお使いですよ。何も心配することなんてなかったんです」
「でも、危険な任務だったんでしょ?」

 思いがけない言葉には瞬いた。

「だって、袖箭を仕込んでいたから」

 袖箭とは袖の下に隠し、バネ仕掛けで敵に棒手裏剣を飛ばす隠し武器のことである。
 どっかの凄腕忍者も使っているらしいがこの場合関係ない。
 袖箭はが危険だと判断したときだけもっていくものであった。

 出立前に離れた所で綾部が穴を掘っているのは見かけたが、まさか見られていて、尚且つ気づかれていたとは。

 だからこんなにも必死になって穴を掘ってくれたのか。無事を願って、願掛けのように。

「綾部、ありがとうございます。おかげさまでちゃんと戻ってこれましたよ」

 頭巾越しに頭を撫でてやれば綾部は嬉しそうに目を細めた。
 つくづく猫っぽい。

「さあ、私の無事もわかった所で掘るのは止めて下さい。とりあえず夜までに庭の穴全部埋めましょう」

 自分が掘ったわけじゃないが、自分を心配した故の産物で誰かに被害が及ぶ可能性があるとなると放っておくわけにもいかない。
 特にトイレットペーパーを補充しに来る保健委員が危ない。

「じゃあ、が埋めて私が掘るね」
「そんな無意味な作業分担はしません。綾部も私と一緒に埋めるんです」
「……」

 綾部は不服そうに穴の中に頭を引っ込める。

「早く終わらせてお土産皆で食べたくありませんか?」
「わかった」

 お土産買っておいてよかった。
 再び穴から頭を出した綾部をみてはホッとした。

 さて、この元凶にもなった滝夜叉丸も引っ張ってこなくては。





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綾部がプッツンしたら一晩で1000個は掘れるとか公式情報は凄い。