一度四年長屋に戻って茄子紺色の四年の装束に着替えたは、休む間もなく部屋を出た。
 滝夜叉丸を捕まえ、ついでにそばにいたタカ丸にも声をかけて綾部の元に行けば、彼は真面目に穴を埋めていた。
 埋めようと言ったのはであるが、その光景はやはり珍しい。隣にいる滝夜叉丸は絶句すらしていた。
 でもボソリと呟かれた天変地異の前触れか、は少々言いすぎだとは苦笑した。






四、立、時々落とし穴






「さあ、私達も手伝いましょう」
「むう……いたしかたあるまい」

 元はといえばの帰ってくる日を綾部の掘る穴の数で例えたせいで起きた事態だ。それを分かっているので滝夜叉丸は文句もそこそこに穴を埋め始めた。

「それじゃ、僕達もやろうか」
「そうですね。手伝ってくださってありがとうございます斉藤さん。とても助かります」
「四年長屋の庭なら僕にも無関係じゃないからね。難しいことはまだ分からないけど、こういう仕事なら僕にも出来るし。それに」
「それに?」

 用具室から借りてきた踏み鋤で近くの穴から埋めながら四年は組同士で会話を続ける。
 どうせ明日は休みだ。そんなに時間を気にする必要もない。

君はお使いから帰ってきたばかりで疲れてるでしょう?同じは組のよしみだもん。放っておけないよ」

 人好きのする笑顔で笑うタカ丸を見て、そういえばここに来る前は髪結いであったと学園長にお使いの報告しに行った際に聞いたのを思い出した。
 年が上なのも理由かもしれないが、社交的で人を安心させる気質はいかにも接客の仕事をしていた人間といった感じだ。上手くやれば潜伏型の忍者として力を発揮できそうである。

(そういえば、お爺様が穴丑だったのでしたっけ)

 優秀な穴丑で、優秀すぎるが故に息子たちは忍であることを知らなかったらしい。最近とある事情で忍であったことが発覚し、斉藤タカ丸は忍術学園に転入することになったとか。

 中々普通じゃない志望動機だと思う。だけど、も普通とは違う理由で忍を目指しているので文句はない。寧ろ途中から編入という形でちゃんとついてこれるのか心配になる。
 人の心配が出来るほど余裕はないが、それでも人とは違うハンデを持つ者同士頑張っていきたい。
 だから。

「頑張りましょうね、斉藤さん」
「うん、頑張って穴埋めようねー」

 返答はずれていたけどあまり気にしないで、は穴埋め作業に没頭した。










 夜までかかるかと思われた作業は、夕暮れ時にはほぼ完了した。
 穴掘り小僧の体力と体育委員会の体力には心底驚かされると、穴の無くなった少しでこぼこした庭を見つめては思った。
 滝夜叉丸と綾部の二人だけで百は埋めたんじゃなかろうか。とタカ丸はそれぞれ二十個ほど埋めたと記憶しているからやはりそれぐらいだろう。

 それにしても、と思う。
 体育委員の滝夜叉丸や毎晩穴を掘っている綾部に敵わないのは仕方がないとして、忍術学園に入って数日のタカ丸と同じかやや多めぐらいしか埋められないとは、正規の四年生としてどうなんだろうか。
 人には得意分野があるとはいえ、正直落ち込むものがある。
 タカ丸のように体力を使い果たしていないのがせめてもの救いだ。

「いやぁ、疲れたー」
「お疲れ様です、斉藤さん。滝夜叉丸も綾部もお疲れさま。思ったよりもずっと早く終わりましたね」
「ま、この私が手を貸したのだから当然だな」

 滝夜叉丸がややカールの取れかかった前髪をかきあげるが、いくら格好つけても頬に泥がついてしまっているので台無しだ、とは言わないでおくべきか。
 一週間ぶりに見る自惚れの姿はを安閑とさせた。

「じゃあ、皆でお土産食べましょうか」
「やったー」

 綾部が鋤を担いで真っ先に四年長屋に戻ろうとした瞬間、滝夜叉丸が待てと襟を掴んで止めた。

「こら喜八郎、ちゃんと足の泥を落とせ。それから手もだ。井戸に行くぞ」
「ちえー」

 流石に四年間一緒にいるだけあって綾部の行動パターンは滝夜叉丸にしっかり把握されていた。そのままずるずる襟をつかまれて引っ張っていかれる。

「滝夜叉丸君は案外世話焼きだねぇ」
「そうなんですよ。アレは意外と世話焼き症なんです……おや?」

 井戸に引きずられる綾部の後をついて歩いていたの頬につめたいものが当たって足を止めた。

 雨だ。

 上を向けばいつのまにやら分厚い雲が空を覆っていた。夕日のある部分には雲がかかっていなかったので気づかなかった。
 空を眺めているうちにどんどん雨粒が落ちてくる。
 はて、これは綾部が穴を掘らずに埋めたせいなのか。

「うわあ、夕立だ」

 バケツをひっくり返したようなドシャ降りになるまであっという間だった。
 とにかく屋根のある井戸に向かうぞと走り出した滝夜叉丸達を追ってとタカ丸も走り出した。
 井戸はすでに見えていたのであまり濡れなくて済みそうだとが思っていると、先に着いた綾部がこっちに向かって何事か叫んだ。だけど雨音にかき消されて良く聞き取れない。
 なんですか?と返したとき、隣を走っていたタカ丸が転んだように見えた。
 いや、落とし穴に引っかかったのだ。とが気づいたのは、タカ丸に腕を捕まれて一緒に落ちていく途中であった。




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