修正:2009/08/15
混合実習。
正確には学年混合チーム対抗戦。
今年に入って学園長の思いつきで全学年合同のオリエンテーリング的なものが一度行われたが、今回は上級生のみが参加する、より実践的な授業となる。
十一、開始の合図は花火で
明日、とだけ知らされていた実習が開始されたのは、まだ朝日が見えぬ早朝――否、今だ高い位置に月が見える深夜のことであった。
弓なりの月と夜空一面に輝く星々の光はじんわりと控えめに、しかし完全なる闇を迎えぬように星明りと共に満遍なく辺りを照らしてくれていた。
その光を頼りに森を走る影が三つ。
ほどなくして指定された場所に辿り着いた三つの人影はさっと辺りを見回し、他に誰もいないことを確認すると、その場に丸くなって座った。
真ん中に空いた空間に今いる位置が記された地図と巻物を置き、影のうちの一人が息をついた。
「明日からの実習って、まさか朝からじゃなくて真夜中からとはね……」
六年は組の善法寺伊作は眉をハの字に近づけて僅かに笑って見せた。
日付が変わってすぐの深夜。下級生も上級生も大体が寝静まったときのことである。
四、五、六年生それぞれのクラスの担任に唐突に起こされ、一番最後に到着した者は不利になるぞと脅されて準備をする暇もなくグラウンドに集合させられた。
そしていきなり学園長に学年混合チーム対抗戦開始の宣言がなされ、今に至る。
頭をさすった伊作の髪からふわりと微かに独特な匂いが香う。呼び出される直前まで自室にて薬を煎じていた名残だ。
「とりあえずルールを確認するとしましょう。あの学園長が関わってるとなるとどんな変則的な決まりがあるか分からない」
用心深く五年ろ組の鉢屋三郎が言い、巻物を広げた。
チームは昨日の放課後のうちに五年生がくじを引いて決めていた。
そのチームに地図とルールの書かれた巻物を一つずつ渡され、すぐさま出発させられたので詳細は全く分かっていない。
当初の予定だと今回の実習に学園長の思いつきなるものは関係ないはずだったのだが、実習開始の宣言を高らかに行った辺り、あの老人が関わりないとは思えなかった。
最初から学園長が関わるつもりでいたのを隠していたのか、それとも後から学園長が無理やり口を出したのかは分からないが、どちらにせよ今回の実習は一筋縄ではいきそうもない。
こうして真夜中に始まった辺りがその片鱗を見せている。
広げられた巻物には流れるような文字の影が見えたが月明かりだけでは心もとなく、鉢屋は懐から携帯用の灯りを取り出し、それを近づけて三人は字を目で追っていった。
沈黙が降り、あたりに虫の音だけがささやかに満ちる。
そして。
「――これはまた、随分なルールですね」
さして長くない巻物を最後まで読みきり、四年は組は顔を引きつらせた。携帯用の灯りを映しこんだ瞳は明らかに困惑している。
顔を上げれば、残りの二者も似たような顔をしていた。
巻物に書かれていた内容は以下の通りだった。
『各チームをそれぞれ甲と乙に分け、甲となるチームは乙のうちの一人を確保し学園へと戻ること。
乙のチームは三人そろって実習の終了を迎えることを課題達成の条件とする。
尚、忍具の使用は乙チームの全員と甲チームのうち一人のみに許可をする。
制限時間は今日の日付が変わるまで。
尚、乙チームが全て確保された場合も実習終了とする。
乙となるチームは善法寺伊作、鉢屋三郎、の三名からなる一チームとする。』
要するに自分たちが今回の実習の"目標"として狙われるということだ。
「これが一番最後に来た人間が不利になる条件……だよね。僕のせいだ。ゴメン、、鉢屋」
実習とはいえ実戦と思って戦うようにという念押しの文章を眺めながら、伊作は額を抑えてがっくりと溜息をついた。
上級生たちがバタバタとグラウンドに向かう中、うっかり落とし穴にハマって遅れてしまったのは自分だ。
普段なら穴に落ちた程度でめげる伊作ではなかったが、今は個人ではなくチームで動いている。最上級生たる自分が足を引っ張ったことに対して落ち込まない方がおかしかった。
「いえ――まあ、気にしてもしょうがないですよ。
先輩がいる時点でなんとなく予期できてたし……」
伊作に聞こえないように言われた鉢屋の後半の言葉はの耳には聞こえていた。俯く伊作を見ながら、生暖かい気持ちで小さく頷く。
彼の不運はもはや天災のようなもので、誰のせいでもない。そう思えるぐらいにはは伊作のことは知っているつもりだ。
「それよりも対策を練りましょう。開始まであまり時間もありません」
全員が配置位置に付いたところで開始の合図がなる予定であった。
一番先に出発したたち(今思えばこれも狙われる立場ゆえの好条件だったのだろう)であったが、他のチームもそう遅くないうちに配置に着くだろう。
に言われ伊作はああそうだねと、気を取り直して顔を上げた。切り替えるのは流石に早い。
「僕らを巡って潰しあってくれれば一番いいんですがね」
少々人の悪い笑みを浮かべて三郎が言った。
伊作に三郎にと、目標の数は三つ。しかし狙うチーム数はそれ以上だ。あぶれるのを恐れて敵対してくれると自分たちにとっては動きやすい。
「けれど逆に手を組まれたりすると厄介だね」
伊作が口元に手をやって思案する。
いくら武器が全員使えるハンデがあるとはいえ、目的である自分たちの人数よりも下の二、三チームで徒党を組まれればそんなハンデも意味がなくなる。
三対九では逃げ切るのは難しく、戦力を分断されてそのまま学園まで連れて行かれるのが目に見えるようだった。
そうならないために徒党を組ませず上手く逃げ切る方法はないものか。
伊作と三郎が考えをめぐらせていると、
「じゃあ、こういうのはどうでしょうか」
音が出ないように軽く両手を合わせ、は小さく明るい声を出した。
二人の耳にだけ聞こえるようにボソボソと話し――伊作と三郎は顔を見合わた。
その後、伊作たちは何ごとか話し合い、三人で頷いた。
間もなくして、ヒュルルルッと空を翔る独特の音の後に炸裂した光が闇夜を照らしだす。
実習開始の合図である。
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