修正:2010/09/19



 丑の正刻二時――


「邪魔となりうる芽は早々に摘むに限る。そうは思わないか文次郎」

 風のない静かな闇夜の中、人の太ももほどの太さがある木の枝の根元に堂々と立ち、艶やかな髪を星明りの下で輝かせて覆面の下から男は不遜に言い放った。

「のっけから言ってくれるじゃねぇか、仙蔵」

 開始の合図が鳴ってから一刻もしないうちにこの暗い中どうやってこちらを見つけたのか。相変わらず油断ならない相手だと、闇の中に浮かぶ白い顔を仰ぎ見て、六年い組の文次郎は目を鋭くした。
 クラスメイトである立花仙蔵の立つ木の近くに茄子紺と濃紺の色も確認できた。もれなく覆面をしてこちらを見下ろしているその顔にはどちらも見覚えがあった。
 文次郎の隣でチームメイトの五年ろ組竹谷八左ヱ門は頭をかいた。
 
「立花先輩に雷蔵に滝夜叉丸か。いやはや、開始早々一番の有望株チームに目をつけられるとは俺たちついてないっすね」
「バカタレ!何を弱気なことを言っている!」

 学年トップの成績を誇る仙蔵と滝夜叉丸は勿論のこと、雷蔵もまた優秀な忍たまだ。
 今回の実習でよい成績を収めるであろう筆頭だと竹谷は予測している。
 対してこちらは潮江先輩を筆頭に自分と綾部。成績の合計は……まあ、中の上と言ったところだろうか。それはさて置き。
 潮江はともかく自分は接近戦、綾部は罠を張って相手を待つ待機型だ。立花や滝夜叉丸などの中距離戦を得意とする人間とは相性が悪い。
 とはいえ、武器の制限がある中、接近戦を得意とする人間としては真っ向勝負を挑まれて負けるつもりはサラサラなかったが。
 潮江も戦う気なのだろう。好戦的な雰囲気を有り有りと醸し出している。

「念のために聞きますけど、潮江先輩、手を組むって言う選択肢はないんですかね?」
「アイツらがそれを望む奴らに見えるか?」
「…………無理そうっすね」

 自信満々の仙蔵と滝夜叉丸の顔を見て、竹谷は諦めた。
 自惚れ屋な滝夜叉丸はおいといて、仙蔵なら或いは場合によっては協力もしてくれただろうが、潰すと宣言してきた以上、今回はその時ではないということだろう。
 三人だけで充分と、そう考えるのも無理はない。
 五年のわりに術に長けている鉢屋は厄介かもしれないが、六年とはいえことごとく不運でヘタレな伊作と、四年生のとかいう人間を狙えば捕まえるのはそう難しいことではない。と、これは文次郎の言葉だ。
 文次郎はと言う忍たまのことは良く知らなかった(事前に同じ四年の綾部にどんな奴なのか聞いたがロクな返答は得られなかった)が何せ名前の聞かぬ四年生だ。そう大した実力もないだろうと踏んでいた。
 何はともあれ、降りかかる火の粉は払わねば獲物を捕らえる前にこちらが焼け焦げてしまう。

「竹谷、綾部、返り討ちにするぞ!」

 文次郎の号令に竹谷と綾部が戦闘態勢を取る。

「じゃ、始めるか」

 極々軽く会戦の言葉を呟くと、仙蔵は懐から丸いものを取り出し、ヒョイッと下に落とした。
 すわ、焙烙火矢かと思ったが、それにしてはやけに小さい。
 文次郎が力任せにそれを弾いた瞬間、ボムッと破裂してあたり一面に煙が立ち込めた。

「煙玉か――」

 地上にいた三人は口元を覆い、すぐさまその場から散会する。
 風が無いせいで煙はその場に留まりすぐには霧散しなかったが、広範囲に広がらなかった分その場から抜け出すのは容易だった。
 すぐに口を覆ったが少し煙を吸い込んでしまったらしい。咳き込みそうになるのを我慢して仙蔵たちは何処へ行ったと素早く目を配らせるが、彼らは先ほどと変わらぬ位置に悠然と佇んでいた。
 潮江はいぶかしんだ。
 目くらましの煙玉を使っておいて急襲しないどころかその場から動かないとはどういうことだ。
 一瞬、からかわれているのかという思いが脳裏を掠めたが、すぐにそれは違うことに気がついた。
 舌先がピリピリと痺れ、次いで四肢が妙に強張ってくすぐったくなるこの感覚は――

「し、しひれくふひらろ……!?(痺れ薬だと……!?)」
「ご名答」

 煙玉に混ぜた痺れ薬が届かない高い位置で、立花仙蔵はニヤリと笑ってみせた。
 








十二、小細工は必です いの段









 寅一刻三時――


 六年は組の食満留三郎は闇の中、同じチームの四年ろ組の田村三木ヱ門と背中合わせになって地面へと座り込み、夜を空けるのを待っていた。
 同じくチームメイトの五年い組久々知兵助は木の上であたりの監視もかねて待機している。
 人を捕らえるのが目的と知らされた時点で夜が明けぬうちに探しに行くという選択肢は捨てた。
 今回、行動できる範囲は自分たちがいる山全域と学園にかけてまで。
 星明りがあるとはいえ、手がかりも無いのにこの薄暗い中に隠れているであろう人間を探し回るのはただ体力を使うだけだと知っていた。
 木の葉隠れに狸隠れ。山は遁術を行うのに適している。夜ならばなお更のことだった。
 ならば明るくなるまで体力を温存し、日中の間に目標を見つけ出すなり足取りを掴むなりして定刻までに決着をつける。
 それが一番確実だろうと食満留三郎は考えていた。



「伊作と鉢屋は分かるが、四年のってのはあまり聞かない名だな」

 己のチームの戦力を確認し終えた後、食満はふと、記憶を探るように視線を彷徨わせてからそんなことを呟いた。
 頭上から「そういえばそうですね」と久々知兵助の静かな声が降って来る。
 チームメイトである二人の言葉に三木ヱ門はそれはそうだろうと心中で頷いた。


 同じ四年生であるの名は他の学年にはあまり名を知られていない。同学年でも名前以外は知らない人間も多いかもしれない。
 滝夜叉丸や三木ヱ門と言った自己主張の強い個性的な人間を同じ学年に持つのがその理由の八割だが、残りの二割はが関係ない人間とは己から積極的に係わろうとしないからだ。
 とはいえ、ははけして人付き合いが悪いわけじゃない。
 頼まれごとは出来る範囲で請け負うし、行事にもしっかり参加して役目も果たす。面倒見も悪くない。今回の実習だって、は手を抜かないだろう。
 そうでなくては学級委員長になど選ばれない。
 ただは、友人や委員会などの特定の人間以外には我を通さない。個性やクセなど特徴になりそうなものは抑え(滝夜叉丸曰く猫かぶりだそうだ)深く印象に残らないようにしているのだ。
 そのため、を深く知らない忍たまには"素直で優等生だが個性に欠けるパッとしない地味な忍たま"と映りすぐに忘れられてしまうのである。
 知られなければ余計な詮索も受けないというのが他の学年に名を知らせない、、、、、理由であった。


(そういえば……)

 ふと、三木ヱ門は思いだした。
 今回がチームを組んだ善法寺伊作と鉢屋三郎は、共に彼女の名を覚えている数少ない人間である。
 は二年生から学級委員長の座に納まっているが、一年生の頃は保健委員であった。不運ゆえに為らざるを得なかったのではなく、自ら立候補してなったと聞いている。
 そのため鉢屋は勿論、伊作も今でもそれなりに親しくしていたはずだ。
 流石にの"秘密"まで知っているわけではないだろうが、彼女の本来の性格は知っているはずである。

(となると本気を出してくる可能性が高い、か……?)

 そうなると厄介だなと、三木ヱ門は眉を潜めた。



「なあ田村、ってのはどんな奴なんだ?」

 不意に背後の食満に尋ねられ、三木ヱ門は意識を戻した。

「え、ああ、そうですね――」

 食満の問いに三木ヱ門は何を何処まで言うべきか躊躇った。
 先週末に酷い失態をしてしまったせいで自然と口は重くなってしまう。また、本人が他人の印象に残ることを望んでいない事も躊躇いに拍車をかけた。
 けれど三木ヱ門はの性別のこと以外は隠すつもりは無かった。
 不必要に興味をもたれるような言動は無論は嫌ったが、勝負ごとで情けとなるような事はそれ以上に嫌がる……というか怒る。非常に怒る。
 彼女の本気の怒りを思い出しかけ、三木ヱ門はブルッと肩を震わせた。
 慌てて頭を振って考えを打ち消し、気を取り直してシャンと背を伸ばす。

「成績はいいほうです。多分は組で一番か二番ぐらいじゃないですかね。火縄銃は僕の次ぐらいに、手裏剣などは滝夜叉丸並です」
「へえ」

 食満が感心したような声を上げた。
 色々と五月蝿いので誰も手放しで褒めたりしないが、三木ヱ門の火縄銃の腕は学園中が知る所であるし、滝夜叉丸も戦輪を筆頭に飛び道具系に強い。
 その二人並みならかなり優秀な忍たまと言えるだろう。
 犬猿の仲である滝夜叉丸の実力を認めるような発言を田村がしたのを珍しく思いつつ、田村の発言を更に促した。

「特に……飛び道具には気をつけたほうがいいです」
「そんなに腕がいいのか」

 食満がは肩越しに田村を見る。

「腕がいいというか……いえ、精度もそうなんですけど、数と種類が半端じゃないんです。全身、馬鹿みたいに武器を隠してますから、とにかく注意してください」

 どんな武器が何処に隠されているかまでは三木ヱ門も詳しくは知らない。
 袖の下の袖箭や各種手裏剣はもとより、舶来品の武器や自身が作った物が仕掛けと共に全身に隠されているらしいが、詳しく説明してもらったこともじっくり観察したことも無いので分からない。
 それでも、脅威になることだけは身をもって知っている。
 深夜のいきなりの召集で準備し切れなかったという事態を切に祈るばかりだと、若干顔を青ざめさせて三木ヱ門は思った。

「弱点は何かないのか?不得意なものとか」
「ええと……女装が酷いです」

 三木ヱ門の答えに背後の食満と木の上で話を聞いていた久々知はガクッと肩をこけさせた。

「山田先生並に酷いです」
「い、いや。んなこと真面目に言われてもしょうがないというか」

 そんなに女装に向かない顔をしているのかとちょっとは興味もったが、役に立ちそうも無い情報だ。
 崩れた体勢を直して食満は言った。

「もう少し使えそうなものは無いのか?」
「正直、アイツとはクラスが違いますからこれ以上の詳しいことは……。ああ、でも接近戦は苦手なはずです」

 随分と前だが本人が言っていたし、の性別を考えれば当然のことだろう。
 武器の扱いならともかく、組手などの純粋な力比べで女が男に適わないのは普通のことだ。歳が上がるにつれその差は広がりこそはすれど縮まりはしない。

「そうか。じゃあ、四年は武器を封じれば苦労しなさそうだな。見つけたら俺と田村で伊作と鉢屋から四年を引き剥がしてその隙に――」


 一番学年の低い四年生が狙われるのは道理だが、果たしてそれが一番安易な事なのかは、同学年の三木ヱ門には判断つきかねた。





← 前 次 →